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PTA役員 広報部 働く母の場合

私の役員歴

幼稚園の時。仕事をしている人は免除してくれたので、「お手伝い要員」として、お遊戯会の当日手伝い、など、休日一日限りの応援のみですんだ。

小学生はそうはいかない。

小学生になると、みなさん、パート社員や派遣社員となり、本当の専業主婦がぐーっと少なくなる。そこで、フルタイム、パートタイムに関係なく、役員は子ども1人に月1回以上やらなくては行けない。ワタシはMIの時2回、YUで1回(今回です)やった。

なぜかやらなくて良いママがいるのが不思議だったが、文句を言ってもいいこともないので、自分の役割だけこなしたよ。

さて、働く母が役員になる場合、まず、出来ればあまり集まりのない、または負担の少ないものがよい。それから、職場の理解を得ておくことが必要だ。それに、長く勤めていると、今年は役員を引き受け時だな。と思うような仕事が分かるものだ。そういうときに、前の年から何となく予告しておく。

「そろそろ役員を引き受けなくてはなので、来年あたり、やろうかと思って。平日に集まりがあるから、何回かお休みをいただくことになりますが、よろしくお願いします」

上司と、同僚と、隣の係の人にも宣言しておく。

さて、ワタシですが、1回目。なんと、くじで、うちの学校では一番大変といわれるshine広報になってしまった。これは、毎週集まりがある、年4回発行する、それからPTAの広報コンクールで賞を取る(前年度金賞を受賞していた)という使命があった。

いやー、こまったよ。毎週は休めない。いくら何でも、毎週はないだろう。と思って、初会合。部長決めはすぐ終わった。広報3年目の方が引き続き部長をやってくださった。副部長も広報2年目の方だった。この部長さん、広報誌に萌えていた燃えていた。しかも、とある会社に勤続15年以上のベテラン正社員さんだった。

と、いうことで、「働いているから休みます」は許されない広報部だった。しかも、な座かこのときの広報部は、専業主婦が1人くらいしかいなかった。

そうは言っても、部長さん本人も毎週出るわけにもいかないようだったので、「部会制」を取ることとし、企画案と最終構成だけは出来るだけ全員で、あとはページごとに担当部会で受け持つことになった。

さて、みんな働く主婦の私たち。うーん。いつ集まろうか。そうだねえ。夜しかないかなあ。

誰ともなくそんなことになり、我がグループは仕事を終えて7時頃集まり、すかいらーくなどのファミレスに集い、夕食も取りながら広報誌を作ったのでした。

大変だったけど、それなりに楽しかったよ。ママ友達も出来たし。学校の情報を全然知らないワタシには学校の勉強になりました。

時には取材をしたり、(これはどうしても抜けられなくて参加できなかった。)先生とのやりとりがあったり。仕事も忙しかったけれど、アフターファイブもとても忙しかった。当時YUはまだ3歳。昼間の部会には当然連れて行きましたよ。夜の方はおばあちゃんにお願いしてました。

そんな中でも欠席率の高いワタシだったので、別のところで頑張りました。ハイ。パソコンで原稿を作る。イラストを描く。校正をする。等々。部長さんも熱心な方で、夜10時頃うちに来て校正を依頼されたりもしましたねえ。

そうして苦労して作った広報誌。見事金賞をいただきました。

打ち上げ、楽しかったですねーbeer 今となってはよい思い出です。

さて、次回は2回目の役員についてお話ししましょう。

TO BE CONTINUED

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